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大阪高等裁判所 昭和60年(う)481号 判決

本店所在地

大阪府吹田市千里山東二丁目二一番三〇号

有限会社杉林米穀店

右代表者取締役

杉林巖

本籍

大阪府吹田市垂水町一丁目六七一番地の一

居住

大阪府吹田市千里山東二丁目二一番三〇号

会社役員

杉林巖

昭和九年一二月八日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、昭和六〇年三月二五日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、右両名の原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山中朗弘 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人有限会社杉林米穀店及び被告人杉林巖の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中山巌作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書各記載のとおり(なお、控訴趣意書中、訴訟手続の法令違反の主張は、原判決が財産増減法のみによって所得計算をしたことが訴訟手続の法令違反に当たるとの趣旨であり、また、控訴趣意書の2において「大阪国税局の米穀販売店の標準利益率」として引用した数値は部外秘とされているものであるため、弁護人において直接確認したものでなく、週刊誌に東京国税局の数値として掲載されたものを引用したものである旨釈明した。また、控訴趣意書中には「理由不備」という文言を用いるなど、刑訴法三七八条四号の控訴理由を主張しているかのように見られる箇所もあるが、これらは、原判決の事実認定に関する説明が不十分ないしは不合理である旨主張するもので、刑訴法三七八条四号の主張としては失当であることが明らかであり、いずれもその実質は、事実誤認の主張に帰着するものと解する。)であり、これに対する答弁は、検察官山中朗弘作成の答弁書記載のとおり(但し、当審第四回公判期日において、答弁書第五項六行目から同項末尾にかけて「ガス管、ガスボンベ等の営業資産について贈与、売買又は現物出資した旨の書面が存在するわけでもないから、所論は理由がない。」との部分を撤回した。)であるから、これらを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判決は被告会社の所得金額を財産増減法により算出したうえ、同方法には合理性が十分あり、他の推計方法により算出した額と比較検討する必要はないというが、刑事裁判において租税逋脱犯の逋脱所得額を認定する場合には、所得実額を合理的な疑いを入れる余地のない程度に立証することを要し、推計は許されないのであって、一般論としては財産増減法による所得額の算出が違法ではないとしても、それはあくまで推計の域を出ず、実額を超える可能性は否定できないのであるから、右方法による算出額が実額を上回らないことの保障が必要であり、そのためには、他の推計方法による算出額と比較検討し、他の方法による算出額の方が低ければ、それを超える額は、他の方法では説明できず合理性を欠くことになるので、刑事裁判上は、その低い額を採用すべきであるのに、原判決がその比較検討の必要がないとするのは、財産増減法が唯一の推計課税の方法であり、その算出額が実額を超える可能性があっても違法ではないというに等しく、証拠に基づかないで事実を認定したもので、刑訴法三一七条に違反する、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、被告会社は昭和五一年八月五日茨木税務署に法人税青色申告の承認申請をし、その承認を受けたが、その申請書において備え付け、記録することとしていた総勘定元帳、各補助簿、振替伝票は全く備え付けてなく、取引について何らの記帳をしていなかったため、その収入及び経費等を確定し、損益計算法により所得額を算出することが著しく困難であったので、本件においては、これに代わる方法として財産増減法により所得額を算出することになったものであることが認められる。

しかして、法人税法二二条一項にれば、事業年度における所得の計算は、損益計算原理によるものと解され、財産増減法は、法人税法の定める本則的な計算方法ではないにしても、本質的には損益計算法と同一、同質の所得を算出する方法であり、同法二二条四項にいう「公正妥当な会計処理の基準」に従って計算されるものであって、租税逋脱犯における逋脱所得の金額を認定する方法としては当然許容されるべきものである(最高裁判所昭和六〇年一一月二五日第二小法廷決定、刑集三九巻七号四六七頁参照)。

しかして、財産増減法は、賃借対照表のすべての勘定科目が実額であれば、所得の実額を認定し得る方法であり(この点では損益計算法と並ぶもので、他の推計方法はその点で財産増減法には及ばないものである。)、したがって、修正賃借対照表の各勘定科目が実額であること、あるいは少なくとも実額を超えないことにつき合理的な疑いを入れない程度に証明がなされ、また、期間損益の把握、簿外借入金あるいは持込み資産の有無等財産増減法特有の諸点を検討し、内容的にも合理的であることが立証された以上、これによって算出された所得額は実額を超えるおそれはないということができるのであるから、所論のように他の推計方法による算出額と比較し、その低い額によるべき理由はないのであって、本件調査を担当した大阪国税局収税官吏渡辺憲一は当審証人として、本件修正賃借対照表の各勘定科目の金額については、実額より少ないことはあっても、多くなることはないように調査、確定したと供述しており、関係証拠によれば、各勘定科目が実額を超えないことにつき合理的疑いを超える立証がなされたと認められる本件において、原判決が他の推計方法による算出額と比較する必要はないと説示したのは正当であって、これが訴訟手続に違反するとは考えられない。

なお、所論は、大蔵事務官の被告人杉林に対する昭和五七年六月一二日付質問てん末書における被告会社の売上高、仕入高、必要経費によって本件各事業年度の荒利益率及び純益率を計算すると、荒利益率は昭和五四年二七・九四九パーセント、昭和五五年二九・〇八パーセント、昭和五六年二四・六九パーセントとなり、純益率は、昭和五四年一一・八九パーセント、昭和五五年一一・四七パーセント、昭和五六年九・四六パーセントとなるが、これは大阪国税局が把握していると思われる米穀販売店の標準利益率は、荒利益率が一八パーセント、総利益率が八・五パーセントであるのに比してはるかに高く、また、被告会社の販売する各種政府米の平均利益率は一四・五パーセント、自由米の荒利益率は五パーセントまでであり、その他の販売品の荒利益もプロパンガスは二〇パーセント、灯油、調味料、飲料水、インスタントラーメン、練炭等はいずれも一〇パーセント、ガス器具は五パーセントまでであり、しかも、被告会社は店頭での米の購入者には一〇キログラム当たり六〇〇円を値引きして販売するなど、薄利多売の方針を貫いているのであるから、同業他社の平均利益率を上回ることはあり得ないのに、前記質問てん末書においては前記のような利益率となっているのは、得られはずのない利益を得たとするもので、原判決の所得額の認定は比率法により算出した所得額と比較して明らかに不合理である、というのである。

しかしながら、弁護人がその主張の根拠として援用する大阪国税局の標準利益率の数値自体、その出所及び何時の時点のものか等については不確かなものであるうえ、仮にこの点をしばらくおくとしても、右数値は営業の規模、取扱量、業態、立地条件等の個別的要因を捨象した統計上の平均的数値に過ぎないもので、当審証人畔内惣一の供述によれば、玄米を仕入れて自家搗精をし、オリジナルの袋に入れ、独自の名前をつけるなどすれば、混米もできるし、格上げもできるので、一般的に米穀店はこれでマージンを稼ぐというのが実態であり、二〇パーセント位の利益率の米もあると思うが、物は各小売店で変わるので一概に言えないというのであり、その運営如何では政府米の平均利益率を上回る利益を上げることは十分可能であることがうかがえ、現に本件において、被告人杉林が確定申告に先立ち、仮決算及び欠損となるよう決算調整を依頼した吹田民主商工会事務局員宮内高志において、被告人杉林から提供された資料に基づいて作成した仮決算等(宮内高志の検察官に対する供述調書添付のシワケデータエラーリストと題する書面写)においても、右標準率をはるかに越える荒利益率が計上されていたこと(昭和五四年六月期は二二パーセント、昭和五五年六月期は二六・二二パーセントから二五・三六パーセントに調整)からも右標準利益率を越えたからといって、直ちに不合理となるものではなく、右標準利益率をもって、原判決の認定した被告会社の所得金額の当否を判定するための基準となしえないことは明らかであって、弁護人の主張は採用の限りではない。

以上のとおり、原判決には、所論のような訴訟手続の法令違反のかどはないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認を主張する点について

論旨は、要するに、財産増減法が逋脱税額認定について許されるためには、財産増減がすべて法人の営業活動のみによって生じたものであるという前提がなければならないのであるが、原判決が被告会社の所得額と認定したものの中には、被告人杉林個人が被告会社設立時に手持ちしていた個人の現金約三、〇〇〇万円、無記名定期預金、松栄ヴイラ家賃収入、被告会社設立前にプロパンガス販売の顧客に貸し付けていた工事費、損料の回収金等の個人資産が混入し、あるいは、少なくとも混入の可能性が一応の資料によって疎明されているのに、右混入があり得ないことを合理的な疑いを入れる余地のない程度に証明されてなく、また、原判決が被告会社の被告人杉林個人に対する貸付金としたものの中には、ポルシェ、ベンツなど、被告会社の資産とすべきものがあるほか、被告会社の営業経費とされるべきものが相当額含まれており、更に被告会社本店建物及びポルシェ、ベンツなどの減価償却がなされていないなど、原判決は公判廷における証言や経験則を無視し、国税局査察官の調査書並びに無防備のまま誘導されて作成された被告人の自供調書のみで事実を認定したもので、事実を誤認し、被告会社の所得額の算定を誤っており、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原、当審において取り調べた各証拠によれば、原判示各事実は、いずれも十分にこれを認めることができ、原判決が弁護人の主張に対する判断の項において説示するところも正当であって、その結論に合理的疑いを入れる余地はないのであるが、以下所論にかんがみ、主要な点につき説明を付加する。

所論は、昭和五一年に被告会社を設立した時点で被告人杉林は個人の現金約三、〇〇〇万円を手持ちしていたが、その現金あるいはこれを使用し数回にわたって坂本三郎に貸し付けた分の回収金が被告会社の売上金に混入し、これが更には無記名定期預金の源泉ともなっているので、右個人の現金を被告会社の所得から除外すべきである、というものであり、被告人杉林も原、当審公判廷においてこれにそう供述している。

しかしながら、被告人杉林は捜査段階においては、「被告会社設立の時点において同会社が被告人杉林個人から引き続いだ現金は一二〇万円であり、また、毎日の売上げは翌日銀行に入れるので、各期末の手持ち現金も、釣銭用一八万五、〇〇〇円位、支払い用五〇万円位、売上げ集金分五〇万円位で、合計一二〇万円とみてもらえばよい。また、個人営業から法人組織にした段階で会社が引継いだ精米機、商品、買掛金、売掛金に関しては、国税局の質問調査で述べたとおりで、これ以外に個人で持ち込みした資産はない。被告人杉林個人の金を被告会社の運転資金に使用したり、被告会社名義の預金に入金したものは、すべて、社長借入金についての査察官調査書に記載されてあり、それ以外に杉林個人あるいは家族の金を会社に入れたものはない。」との趣旨の供述をしている。しかして、右手持ち現金の有無については、これを直接判断し得る何らの証拠もないので、被告人杉林の前記原、当審公判廷における供述と捜査段階における供述のいずれを信用すべきかにつき、両者を対比して検討するに、本件捜査段階において、被告人杉林に対する質問調査を担当した大蔵事務官渡辺憲一の当審証人としての供述によれば、昭和五七年三月九日の大阪国税局の被告会社に対する強制調査着手時点において、被告人杉林は捜索、差押の立会いを拒否し、大蔵事務官の質問にも一切答えず、その後は同月中に二回ほど国税局に出頭して質問てん末書の作成には応じたものの、例えば会社の営業目的を尋ねても、「分からん、金もうけ。」と答えるなど、非協力的で、同年四月に日時を指定して呼び出した際も、病気を理由にこれに応じなかったが、同年五月二〇日ころに至って、被告人杉林が自発的に国税局に出頭し、「中学時代の友人らに相談したところ、税務調査に協力した方がいいとの助言があり、また、既に国税局において自由米の仕入先の強制調査をしたり、その他の仕入先あるいは売上先等に対しても書面照会などの調査をしており、事実を隠しても仕方がないので、今後は調査に協力する。」旨述べて質問調査に応じ、各質問てん末書が作成されたことが認められ、同調書及び検察官に対する供述調書には任意性を疑うべき何らの事情もうかがえず、その内容も前後一貫して不合理なところはなく、これに基づいてなされた大蔵事務官の反面調査の結果とも符合していることからすれば、右被告人杉林の捜査段階における記述は信用し得るものと思料される。これに対して、同被告人の原、当審公判廷の供述は、あいまいで、前後一貫せず、その場限りの供述とみるほかないところが各所に見受けられ(例えば、現金三、〇〇〇万円を手持ちしていた理由については、「会社経営に必要な予備資金」、「主として人に貸すため」あるいは「自由米の支払いのため」と述べ、右現金は会社設立の時点で手持ちしていたが、昭和五四年八月三〇日ころにはなくなり、また、人が出入りして部屋に現金置いたら危いから現金を置かんようになった、右現金を貸し付けた回収金は、売上金に混入した、と述べる一方、右貸金の回収金は売上金とは別に保管し、これを生活費に使用した、と述べるなど。)また、坂本三郎に対する貸付けについても、その貸付けの時期、金額、返済時期等は不詳であるというものであって、前記捜査段階における供述と対比して到底措信することができず、したがって、被告人の原、当審公判廷における供述は、個人の手持ち現金の存在あるいは売上金への混入について合理的疑いを抱かせるに至らないものであるから、弁護人の主張は採用することができない。

所論は、原判決は、本件無記名定期預金の源泉を被告会社の売上金を入金していた仮名普通預金及び売上金であるとし、被告会社の事業開始後設定された無記名定期預金は、すべて法人に帰属する、と認定したが、無記名定期預金の設定日と、その源泉とされた仮名普通預金の出金日とは必ずしも一致しておらず、中には三日間のずれがあるものもあり、また、出金された仮名普通預金の殆んどが無記名定期預金の設定額に満たないものであり、その差額が売上金であることの証明はなく、また、被告会社の売上げでは、一か月間に二〇〇万円の定期預金を四口(昭和五一年一一月分)あるいは三口(昭和五三年七月分及び昭和五四年九月分)も設定することは不可能であり、被告人杉林個人あるいはその家族に帰属する当座、普通、定期、積立定期等の各種預金及び現金も無記名定期預金の源泉となったと考えられる余地が十分にあり、これら個人資産は被告会社の資産からは除外されるべきである、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人杉林は、本件査察調査開始時においては、大阪銀行千里山支店の無記名定期預金は、すべて個人の預金であり、被告会社の預金ではない旨供述していた(大蔵事務官の杉林に対する昭和五七年三月二三日付質問てん末書)が、前述のとおり、調査に協力を申し出てからは、右定期への入金状況につき、被告会社の毎日の売上げは、被告人杉林の指示によって、大阪銀行千里山支店の被告会社名義の普通預金と、仮名普通預金とに振り分けて入金しており、仮名普通預金には売上げの少ない日でも三万から五万、多い日には五〇万円入金していた。そして、右仮名普通預金からの出金のみ、あるいは、その出金と売上金とで無記名定期預金を設定した旨供述するに至り(大蔵事務官の杉林に対する昭和五七年五月二二日付及び同年六月五日付第二回質問てん末書)、また、被告会社からの集金を担当していた大阪銀行千里山支店の銀行員藤木巖(昭和五一年から、同五二年一〇月まで担当)、中辻正次(昭和五四年九月から、同五六年四月まで担当)、下原謙二(昭和五六年四月から本件査察調査時まで担当)、清水康弘(昭和五一年一〇月から、本件査察調査時まで担当)らも、右入金状況につき、被告会社へは、殆んど毎日夕方集金に行き、被告人杉林の妻、時には被告人杉林から一回五万ないし三〇万円の現金を預り、その都度、その指示によって右現金を被告会社名義の普通預金と、仮名普通預金(昭和五三年六月一日から同五四年九月一七日まで山本正美、昭和五四年九月一四日から同五六年九月二二日まで岡山健二の各名義を使用)に分けて入金手続きをしていた。そして仮名普通預金の残高が二〇〇万円、三〇〇万円になると、お願いして無記名定期預金にしてもらっており、また、仮名普通預金からの出金と、預かった現金とでも無記名定期預金を設定していた旨被告人杉林の供述と符合する供述をしており、更に大蔵事務官において、被告会社の取引先銀行である大阪銀行千里山支店から、昭和五一年七月以降同五七年三月までの全取引を記載した確認書の提出を受け、これと、本件調査着手当日被告人杉林方で押収した家計簿、メモ、領収書等及び使用済仮名普通預金通帳、ことに、昭和五四年五月一八日以降の右通帳の出金額欄の横には、被告人杉林の指示でその妻が、出金先の心覚えのため、西村商事への米の仕入代金支払いは「西」、無記名定期預金への出金は「テ」、坂本三郎への貸付は「サ」等と、その出金先ごとの略号をボールペンで記入してあり、その記載並びに米の仕入先で押収した売掛金元帳等に基づき仮名普通預金の出金先及び定期預金の入金資金等につき逐一解明調査を行ったところ(それぞれ、「仮名普通預金出金調査」、「定期預金新約解約資金調査」と題する査察官調査書を作成)、右調査結果は被告人杉林の前記協力申出後の供述と符合しており、右供述につき任意性を疑うべき何らの事情もうかがえないことは前述のとおりであって、被告人の右供述は十分に措信するに足るものと思料され、これによれば、無記名定期預金は被告会社に帰属すると認めるのが相当である。

なお、前記銀行員下原謙二らに対する大蔵事務官の質問てん末書によれば、仮名普通預金通帳は通常銀行員らが預っており、右預金から出金する場合は、銀行員らが出金伝票を代書し、被告人杉林の妻の押印を得て、これを銀行に持ち帰り、当日あるいは翌日引き出した現金を被告人杉林方に持参していたことが認められ(このことは通帳の出金欄に前述のとおり被告人杉林の妻により出金先のメモがなされていることからもうかがえる。)、右出金した現金あるいはこれに被告人杉林の手持ちの現金を加えたものを銀行に持ち帰り無記名定期預金を設定すれば、仮名普通預金の出金日と無記名定期預金の設定が必ずしも一致しないことがあっても、不自然ではなく、また、前記藤木巖に対する大蔵事務官の質問てん末書によれば、昭和五一年一二月一五日被告会社の本社ビル建築代金の支払資金として三、〇〇〇万円の融資がなされ、そのうち二、二〇〇万円は建設会社に支払われたが、残額八〇〇万円については被告人杉林の妻から無記名定期預金にするよう依頼があり、その際被告人杉林の妻から、一度に定期預金を作ると目立つので、分割して無記名定期預金にして欲しい旨の指示があったため、藤木は同月一七日、一八日、二三日、二四日の四回に分けて各二〇〇万円ずつの無記名定期としたことが認められ、無記名定期の設定日については、これを故意に操作したこともうかがわれるので、仮名普通預金の出金日と、無記名定期預金の設定日に多少のずれがあることは、同預金の帰属についての前記認定を左右するものではなく、また、前記のとおり、仮名普通預金の残高が二〇〇万円あるいは三〇〇万円となった時点で銀行員からの頼みによって定期預金にしたことが認められ、したがって、無記名定期預金は必ずしも一か月分の売上げとは直接の対応関係はなかったことがうかがわれるので、一か月に定期預金の口数が多い月があったとしても、そのことから、直ちに無記名定期預金の源泉が仮名普通預金であることを否定する理由とはならないのみならず、大蔵事務官作成の「定期預金新約解約資金調査」と題する査察官調査書によれば、弁護人指摘の昭和五一年一一月分の四口の無記名定期預金のうち、一一月一日に設定された一口は、被告会社の新築工事代金支払いのため、一〇口の無記名定期預金が解約され、そのうち二、〇〇〇万円が右支払いに当てられた残額一一九万四、八四八円が定期預金の源泉となっているものであり、また、昭和五四年九月に設定された三口のうち二口は、坂本三郎に対し、ポルシェ九一一Sの資金として貸し付けた四〇〇万円の返済金がその源泉となっていることが、その前後の入出金状況からうかがわれるので、この点も前記認定を左右するに足りないものである。

以上のとおりであって、所論は採用の限りではない。

所論は、被告人杉林個人が所有する女子学生寮松栄ヴイラの家賃収入につき、原判決は、被告人杉林が記帳していた貸台帳の記載は正確であり、他に入居者はいなかったと認定したが、被告人杉林はもともと所得を過少申告する意図を有してしたのであるから、右台帳等に記載洩れがあるのは当然であって、右台帳に空部屋とされていた期間にも一時的に入居者があり、家賃はすべてが銀行振込みではなく、被告会社に現金で持参されたものがあるので、その家賃収入は原判決認定にとどまらず、そのほかに約一七七万九、〇〇〇円の家賃が被告会社の売上金に混入し、無記名定期預金の源泉ともなったが、右金員は被告会社の所得から除外すべきである、と主張し、被告人杉林も原、当審において、松栄ヴイラはいつも満室であり、また、その半分以上が店に現金を持参しており、これについては記帳もされてなく、他の売上金と一緒になっている旨右主張にそう供述している。

しかしながら、大蔵事務官作成の「松栄ヴイラ現金入金額」についての査察官調査書によれば、昭和五七年三月九日被告会本本店において押収された「貸台帳」と題する一綴には、昭和五一年四月から同五六年一〇月までの間の松栄ヴイラ各室毎の入居者各、室料の額、各月の入金日及び入金額が記載されており、査察官において、右室料の振込金先である大阪銀行千里山支店の被告人杉林個人名義の普通預金口座への振込入金額とを突き合わせたところ、昭和五四年六月期以降は室料の大半が銀行振込みとなっており、一部の入居者につき入居当時の振込入金分が台帳に記帳洩れとなっていたほかは、ほとんど両者は符合していたことから、右記帳が正確であることが裏付けられたので、更に、同じく被告会社本店で押収された「松栄ヴイラ契約証」等五束、「貸室賃貸借契約書」一綴及び「松栄ヴイラ用領収証」等一束とを照合して、貸台帳記載の各入居者の入退去年月日、入居時の敷金、保証金または礼金等の入金額、退去時の敷金、保証金の返還額を確かめ、記帳洩れを補正し、金額の誤りを訂正するなどして、松栄ヴイラの室料等の入金額を確定したものであることが認められ、原判決が説示するとおり、右調査結果は信用して差し支えないものと思料される。

しかして、被告人杉林は前述のとおり、原、当審公判廷において、右貸台帳上は空室となっているところにも一時的な入居者があり、その室料は現金で受領したというのであるが、もしそれが真実であれば、その入金状況を把握するための台帳記入、あるいは、その入居者との契約書等が全くないということは考えられないのに、これを裏付けるべき何らかの資料もないのみならず、入居者の氏名すら全く不詳であるというものであって、右供述は著しく不自然というほかなく、前記大蔵事務官の調査状況に照らしても、右供述は措信することができないから、所論は採用の限りではない。

所論は、被告会社設立前、被告人杉林は、約七〇〇軒にプロパンガス配管工事を行い、ボンベ、メーターを無償で取りつけてプロパンガスを供給販売していたが、被告会社設立後の昭和五四年から同五六年までの間に右顧客のうち一四八戸がプロパンガスから都市ガスに切り替えたため、その際、一戸当たり二万五、〇〇〇円ないし五万円を損料として徴収し、その金額合計約四四四万円が被告会社の売上金に混入し、これが被告会社に帰属するとされた無記名定期預金の源泉にもなっているが、右損料は被告人杉林個人の収入である、というもので、被告人杉林も原、当審公判廷においてこれにそう供述している(但し、原審においては会社設立前の供給先は二〇〇軒で、損料は一軒当たり大体三万円前後と述べている。)がその主張のように、一四八軒から四四四万円もの金員を取得したというのであれば、少なくとも、その一部についてでも、関係者を調査し、何らかの証拠により、これを裏付けられるはずであるのに、被告人杉林の供述のほかにはこれを認めるべき何らの証拠もなく、しかも、その供述では、損料を受領したとする相手方の氏名の殆んどが姓のみで、中には姓すら不明のものもあり、受領した時期、金額も不詳であるというのであって、直ちに措信し難いものであるうえ、仮に、その主張のとおりであったとしても、もともと被告会社は、被告人杉林が、それまでの個人営業をそのまま継続するよりは、法人組織にした方が相続等の場合に税法上有利であると聞き、営業用資産をすべて被告会社に引き継いで営業を継続することにして設立した同族会社であって、その営業開始と共に、それまでの被告人杉林個人の営業をすべて被告会社の営業として行い、営業用資産、負債の一切を同会社が引き継いだものであることからすれば、被告会社設立前被告人杉林が設置し、無償で貸与していたガス管、ボンベ等は、他の営業用資産と同様被告会社に引き継がれたと解するのが相当であって、所論のように、顧客から損料として受領した金員があったとしても、これらは被告会社の収入とみて差支えなく、被告人杉林個人の収入とはならないのであるから、所論は採用の限りではない。

所論は、原判決が、被告会社の被告人杉林個人に対する貸付金と認定した金額は異常に高額であり、これらはすべて被告人杉林個人の生活費として費消したものとされているが、常識的にも極めて不合理であって、杉林個人の購入にかかるものとしたポルシェ九一一SCS及びベンツ二八〇CE等の外国製乗用自動車は、被告人杉林個人あるいはその家族の遊興用のものではなく、被告会社の客の送迎、商品の配達あるいは盛大に事業をしているというデモンストレーション等営業用に使用したものであるから、その購入代金は被告会社の車両運搬具とし、その保険料、税金は経費として計上すべきであるほか、現金払い、当座預金払いあるいはJCBカード、大丸エクセルカードを使用しての支払いで、原判決が、被告人杉林個人の生活費と認定したものの中には、被告会社の営業経費とすべきものが多くある、というのであり、被告人杉林も原、当審公判廷において、ポルシェ、ベンツ等外国製乗用自動車の購入費のほか、カメラ、同バッグ等の購入費、被告人杉林の子供らの自動車教習所の授業料、贈答品、ゴルフ練習場の支払代金、ヨット進水のお祝い等の費用並びにJCBカード、大丸エクセルカードを使用しての買物または飲食費等は被告会社の営業経費として費消されたものである旨、右弁護人の主張にそう供述をしている。

しかしながら、被告人杉林は、大蔵事務官の昭和五七年六月五日付第二回及び同月一三日付各質問てん末書並びに検察官に対する供述調書において、右の点につき、被告会社は会社とは言っても家族のみの経営なので、会社設立以来会社の金と個人の金はどんぶり勘定であり、被告人杉林は毎月一定の額を給料として受領してはいなかったので、生活費等家計に必要な金のうち、支払額の大きなものは被告会社の小切手で支払い、その他はその都度店の売上金で支払い、被告人杉林の妻において、支払日、支払先、支払金額を記載した出金伝票を作成していたが、昭和五四年以降は、店の売上金から支払ったものについても、少額のものを除いては、支払いの都度被告会社の小切手に支払日、支払先、支払金額を記入しておき、その半月あるいは一月分をまとめて銀行員に手渡し、現金を引出して補填する形にしており、また、民主商工会の宮内の指導により、被告杉林個人の費用にあてた小切手半片には会社の経費と区別するため、「C」と表示しており(なお、小切手半片には被告会社の仕入れについては「A」、その他の被告会社の経費については「B」と表示しており、宮内高志の検察官に対する供述調書によれば、これらは月に一、二回にまとめて右宮内に渡され、宮内は右半片及び前記出金伝票記載をもとに、被告会社の経費に該当しない支出を仮払金として民主商工会の電算機に入力し、不完全ながら被告会社の総勘定元帳の記載がなされていたものである。)、また、JCBカードあるいは大丸エクセルカードを使用して被告人杉林個人あるいはその家族の買物または飲食費の支払をした場合、被告会社名義の普通預金から自動的に支払いがなされていた旨供述していたものであり、本件調査を担当した大蔵事務官は、右供述のほか、被告会社において差し押えた使用済あるいは使用中の小切手半片二二冊、振込依頼書三綴、民主商工会作成の総勘定元帳二綴(但し昭和五四年七月から昭和五六年六月までのもの)、出金伝票一綴(但し昭和五五年七月一九日から、昭和五六年六月三〇日までのもの)、被告人杉林作成の「税金」と題する帳簿一綴、請求書及び領収証、家計簿二冊、JOBお買上票六綴等に基づき、各支払先に対する解明調査、書面照会を行ったうえ、昭和五四年六月期ないし同五六年六月期の各期の「現金払いの仮払金」と題する査察官調査書を作成する一方、被告会社の取引先銀行である大阪銀行千里山支店に指示して作成させた確認書(昭和五三年七月以降同五六年六月までの間の当座預金の全取引を記載したもの)をもとに、大蔵事務官において、支払先、入金先、年月日、金額を記載した当座勘定元帳を作成して当座預金の出金内容の解明調査を行ったほか、仮名普通預金、無記名定期預金の解約金からの支払先をも併せて調査したうえ、被告人杉林個人の費用の支出額を確定し、これらを修正賃借対照表において社長貸付金として計上したことが認められ、右調査書の内容には何ら不合理な点はうかがえない。

しかして、被告人杉林も、右調査を担当した大蔵事務官から右「社長貸付金」と題する査察官調査書を示されて、その内容を検討し、右調査書には、松栄ヴイラの火災保険、西尾工務店に対する増改築代金の支払、松栄ヴイラの電気、電話、水道代、ミンクのコート、被告人杉林個人所有のベンツ、妻の着物等の各購入代、息子の学費や入学金の支払い、JCBカードや大丸エクセルカードを使って被告人杉林個人あるいはその家族が個人的に買った洋品雑貨などの会社の経費とならない支払い、会社の当座預金や現金で支払った生活費などについて個々に調査されており、右調査書の内容をよく検討したが、これらはすべて個人的に使ったもので、被告会社から被告人杉林個人に対する貸付金とされることに異議はない旨供述しており(大蔵事務官の被告人杉林に対する昭和五七年六月一三日付質問てん末書)、被告人杉林の捜査段階の供述に任意性を疑うべき何らの事情も認められないことは前述のとおりであり、右供述は措信し得るものと思料される。

これに対し、被告人の原、当審における供述を仔細に検討すると、あいまいであるうえ、被告会社の営業に何らかの関係づけが可能なものはすべて会社経費とする傾向がうかがわれ、前述の捜査段階における供述の経緯に照らし、また、押収にかかる家計簿等と対比して措信することができない。

したがって、その趣旨のもとに、弁護人指摘の各費目、金額等について、原判決が、弁護人の主張に対する判断の項五において説示するところはいずれも正当として是認することができ、例えばポルシェ九一一SCS及びベンツ二八〇CE等の乗用自動車についていえば、前記被告人の捜査段階における供述のほか、押収にかかる自動車台帳、家計簿等の証拠によれば、これらはいずれもスポーツカーであって、もともとその機能、形態等からしても、米穀等の運搬、集金等の事業の用に供するのに適しないものであるうえ、その所有名義も被告人杉林個人あるいは前所有者となっており、公表(確定申告書)には計上されておらず、前記家計簿の記載等によっても、被告人杉林個人またはその家族が、ゴルフあるいは、家族での食事等の際などの個人的用途に使用されていたものであり、被告会社の事業の用に供せられていたとは認められないので、その購入費及び保険料、税金等が被告会社の経費に当たらないものであり、その余の所論指摘の各費目金額についても、それらが被告会社の経費とはならないことは原判決が詳細かつ適切に掲示するとおりであって、これを不当とする何らの理由もない。

なお、弁護人は、当審の事実調べに基づく弁論において、当座預金払いあるいは現金払いの費用につき、控訴趣意を補充して、その指摘の費目・金額を被告会社の経費とすべきである旨主張するので検討するに、当座預金払いの有限会社今日屋に対し、昭和五五年五月七日支払ったクリーニング七、二〇〇円は、大蔵事務官において右会社権野正明に対する照会回答によりこれを確定したもので、その前後の支払日時、回数、金額等よりみて営業用のものとは認められず、また、西川清掃株式会社に支払った清掃代も、当座預金仮払金勘定備考欄には、「松栄ヴイラ分」あるいは「アパートくみ取り」の記載があるものもあり、その支払金額は同一(いずれも二、〇〇〇円)であって、その支払回数からしても、それらは被告人杉林個人所有の松栄ヴイラにかかる経費で、被告会社の経費ではないことが認められ、更に、長男秀一の就労時の交通事故賠償金についても、被告会社の登記簿謄本によれば、同人は昭和五七年四月一五日被告会社の取締役となったもので、右賠償金を支払った昭和五六年三月一三日ころは、未だ近畿大学在学中の学生であって、被告会社の従業員でもなかったものであり、右事故が就労時であったとは認められないので、これも被告会社の経費には当たらないものであり、その他現金支払いのバイクガソリン、つつみ氏見舞、文房具、各種食事等について証拠により検討しても、これらはいずれも被告会社の経費に該当しないものであり、これらについての原判決の説示を不当とすべき何らの理由もないので、右主張は採用することができない。

以上のとおりであるから、所論は採用の限りではない。

所論は、被告会社本店建物追加工事(昭和五三年一一月七日取得、四五〇万円)並びに事実上被告会社が管理し、営業用に使用したポルシェ九一一SCS(九三〇万円)、ベンツ二八〇CE(五三〇万円)につき、原判決は減価償却を考慮していないが、これらは、税法上の計算はともかく、刑事裁判における課税所得計算上はこれらの資産についても減価償却を認めるべきである、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、右のうち所論の本店建物追加工事は薄外資産であって、法人税法上は、減価償却資産に係る償却費の損金算入については、法人が確定決算において償却費として費用計上することが前提となっており、薄外資産については償却費としての損金経理がないから、税務計算上は減価償却をする余地がないとされており、課税手続上損金に算入し得ないものである以上、租税逋脱犯における逋脱額算定においても、特に別異の取扱いをすべき理由はなく、その減価償却費を損金として考慮することはできないと解するのが相当である。また、所論のポルシェ九一一SCS及びベンツ二八〇CEは前述のとおり、被告人杉林個人に帰属するもので、公表(確定申告書)上はもとより、本件修正貸借対照表の車両運搬具の費用中に計上されていないのであるから、減価償却を考慮する余地はない。所論は理由がない。

以上のとおり、原判決には所論のような事実誤認はなく、その他弁護人においてるる主張する点を検討しても、原判決には事実誤認のかどはないから、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾鼻輝次 裁判官 近藤道夫 裁判官 森下康弘)

○ 控訴趣意書

被告人 有限会社 杉林米穀店

ほか一名

右の者に対する法人税法違反被告事件につき、控訴の趣意を提出する。

昭和六〇年六月一五日

右弁護人 中山巌雄

大阪高等裁判所 御中

原判決には、被告法人の所得金額を認定するにあたり、理由不備、訴訟手続の法令違反、事実誤認の違法がある。

一 原判決は、被告法人の所得金額算定にあたり財産増減法をもって算出する方法には十分合理性があり他の方法を用いて算出しこれと比較する必要はないという。しかし、右判示は実額を越える可能性があっても、財産増減法をもって算出することは違法でない、というに等しい。こうした議論は財産増減法が唯一の推計課税の方法であると断定するにほかならず、刑事訴訟法三一七条の要請に反し、証拠に基かず事実を認定したことになる。

税務行政と同様、刑事裁判でも法人所得の把握は実額によることが望ましい。ただ帳簿書類等の欠如のため実額を把握できない場合にこれに代わる方法として財産増減法を用いて算出することが許されているにすぎない。(「租税訴訟における審理について」泉徳治ほか司法研究報告書、法曹会一七一頁以下参照)そして、財産増減法による所得額の算出は、実額を越える可能性があってはならない、というのが刑事裁判における絶対条件である。原判決は弁護人の主張を、単に財産増減法と他の唯一方法とを比較すべきものという主張にすり替えて解釈しているが、弁護人は検察官の主張する財産増減法が法人所得実額を越えるおそれがあるから他の推計方法とも比較検討して、誤りのないよう算出されたい、と主張したのであって、財産増減法に合理性があるか否かを論じたのではない。

一般論として財産増減法による算出が違法でないことは原判決があらためて指摘するまでもない。しかしいかに精緻を装っても、それは推計の域を出ないのであり、実額を越えるおそれは消滅しないのである。問題は、その財産増減法による算出が実額を越えるおそれがある場合でも、なお違法でないと言えるか、実額を越えるおそれを回避するにはどうすればよいかの二点にある。

二 ここで原審における弁護人の主張を再言する。

1 財産増減法許容上の問題点

法人税法は、法人所得の計算につき、損益計算原理を採用しており(法一三一条)、その年度の収入金額から必要経費を控除することによって法人所得を算出するのを原則としている。

他方貸借対照表による財産増減法を採用した場合でも、右の損益計算法による計算結果と理論上一致すべきものであるが、これはむしろ補助的な検算方法にすぎない、と言われている。損益計算法による正確な法人所得の算出が不可能な場合、財産増減法のみによって所得金額を算定し、逋脱税額を認定する場合の条件が刑事訴訟法三一七条との関係で問題である。

財産増減法は損益計算原理に基く所得計算ができない例外的な場合にのみ許されるのであり、この基本理念は租税法律主義の内容をなしているものと解されなければならない。(東京地判昭五五・一二・二四判時一〇〇六号一一七頁参照)

法人税逋脱犯の事実認定においては、実在する法人所得金額を合理的な疑いを容れる余地のない程度に立証する必要があり、(最高判昭五四・一一・八判例解説五四年版三一六頁)民事裁判における如き一応の蓋然性の立証では足りない。課税処分における「推計」は刑事裁判では許されない。

従って、財産増減法によって所得額を認定するにあたっては、財産増減法による算出金額が実額を上回ることのない保障が必要である。

推計によって得られた所得額は実額そのものではないだけに、実額を越える可能性のある算出は極力避けられなければならない。

次に、認定されるべき所得額は税法の定める計算方法で定まっているとしても、刑事裁判においては刑事訴訟法許される認定を行うべきであって税法の定める計算方法によらなければならないという法理はない。

(検察官が法人税法ならびに基本通達を根拠に、固定資産の減価償却を認める必要がないと主張するのは誤りである。)

2 推計を用いての所得額の認定が、経験則を用い状況証拠から要証事実を推認して認定することであるとすると、一般の推認におけるのと同様にその方法に合理性がなければならない。税務行政では財産増減法、比率法、効率法、消費高法等が認められているが刑事裁判では推計による所得額が実額を越えることがあってはならないという前記の要請から、かりに財産増減法によって所得額を認定するとしてもその額は右の他の方法によって算出された所得額を越えてはならないと理解すべきである。

例えば、比率法を用いて財産増減法による所得額より低い額が算出されたとすると財産増減法による所得額は比率法では説明できない分だけ合理性を欠く算出である、ということになる。

本来ならば実額を認定しなければならないのに、帳簿書類その他の直接資料が存在しないため実額把握できない場合の例外的な算出として推計が許されているのであるから、幾つかの推計の方法の間に優劣の差があろうはずはなく、どの方法によっても算出された所得額は一致しなければならない道理であり、もしこれが一致しない場合には推計による所得額のうち最も低い額が、実額に最も近似する可能性があるのであるから、刑事裁判上は、刑訴法三一七条を根拠にして、その低い額を採用しなければならないと考える。むろんこの低い所得額も実額を上回ってはならないが実額を認定できないのであるから、実額を越える可能性が最も小さい推計額を採用すべきである。

三 本件において、原判決が追認した財産増減法が最もふさわしい推計方法であった、とは到底考えられない。

1 推計の方法としては〈1〉比率法〈2〉効率法〈3〉財産増減法〈4〉消費高法がある。

〈1〉 比率法は納税者の収入、支出、生産高、販売高等の数額に対し、特定の比率で所得額(又は、その計算の前提をなす総売上額、総仕入額等)を推計する方法で、その比率としては(ア)当該納税者本人の一定期間の実績ないし記帳又は前後年分の調査実績から得られた本人比率(イ)当該納税者と業種が同一で、業態、事業規模、立地条件等において類似性のある同業者を選択して、その所得率、差益率、経費率等の平均値を算出した同業者率(ウ)税務署管内で実地調査の対象とした同業者全員の収支計算試料を悉皆的に収集して所得率等の平均値を算出した実調率(エ)所得の実額を調査した相当数の調査実績を基にして、統計学的方法により平均的所得率、差益率、経費率を求めた標準率、のいずれかが使われる。

〈2〉 効率法(単位当たり額法)は、販売個数、原材料の数量、従業員数、設備、電力量等の計算単位の一単位当たりの所得額(又は生産量等)から全所得金額を算定する方法である。

〈3〉 財産増減法(純資産比較法)は、資産、債務の増減で純資産の増減額を算定し、所得を推計する方法で、期首純資産の額と期末純資産の額との差額を所得金額とするものである。

〈4〉 消費高法は、消費支出、生活費から所得を推計する方法である。

右の四つの方法のうちでは〈1〉比率法、次で〈2〉効率法の信頼性が高いとされ、訴訟において税務署長が主張する推計方法も比率法、特に同業者率を用いる比率法が最も多い。(以上前掲「租税訴訟の審理について」)

2 試みに比率法により被告法人の所得額を算出してみよう。

本人比率、同業者率、実調率、標準率など参考にすべき数値はいくつかあるが、本件では本人比率、同業者比率、実調率が証拠上現われていないので標準率を用いることにする。

被告人杉林の供述調書(証拠目録56)によると被告法人の売上高、仕入高、必要経費は別表一のとおりである。

そこで売上高から仕入高を控除した額の売上高に対する割合(売上総利益率・荒利益率)をA、更に必要経費を控除した額の売上高に対する割合(純益率)をBとすると、右事業年度については次のように言える。

A B

五四 二七、九四九% 一一、八四九%

五五 二九、〇八% 一一、四七%

五六 二四、六九% 九、四六%

大阪国税局の米穀販売店の標準利益率はAが一八%、Bが八、五%(近年東京国税局が公表した数値でもある)とされていると思われる。つまり被告法人のA、B値は大変に高い。

被告法人が個人向けに米を店頭販売するとき、一〇kgにつき六〇〇円値引きして売り、そのかわり個人の客には配達の手間を省く、という商法をとってきただけに利益率は同業他社に比して低いはずである。

米穀店の競争は激しい。被告法人は米を安売りすることによって、激しい競争の中で薄利多売をつらぬいた。被告法人の荒利益率はせいぜい一五%程度でなかったかと思われる。

3 最近の被告法人の荒利益率を参考にしていただきたい。

昭和五九年六月期では売上高一九三、四〇五、〇〇〇円に対して仕入高が一六九、四一九、〇〇〇円である。売上総利益二三、九八六、〇〇〇円の右売上高に対する比率は僅か一二、四〇%である。

昭和五八年六月期では売上高一六〇、八四五、〇〇〇円に対して仕入高が一五一、三六六、〇〇〇円であり売上総利益九、四七九、〇〇〇円の右売上高に対する比率は僅か五、九%である。(査察後で仕事ができなかったためと思われる)荒利益率が大変低いことが明らかである。査察後の税務申告は松本税理士の手で正確に行われているから、この数値に間違いはない。

そしてその他の経費を加えると、いずれの年度も赤字を出している。

五九年七月以降一二月までの各月の荒利益率をみても

売上高(千円) 仕入高(千円) 荒利益率

七月 一四、一二三 一〇、二六六

八月 一三、〇〇〇 一四、五八三

九月 一四、三三六 九、三六八

一〇月 一七、二一三 一六、三五一

一一月 一五、四二一 一五、九二三

一二月 二三、四九三 一六、七八三

合計 九七、五八六 八三、二七四 一四、六%

と、同様の結果がでている。

一方、政府米は小売価格の上限が定められ、袋にこれが印刷されている。

五九年の特例標準米の小売指導価格(上限だからまげてもよい)は一〇㎏三、五七五円、仕入価格は三、二七九円で荒利益率は八、二%、最も利幅の大きいシルバーT米でも、一〇㎏の小売価格四、三九五円につき仕入価格は三、五一〇円で、荒利益率は二〇%にすぎない。

各種政府米の平均利益率は一四・五%である。政府米だけ扱っていたのでは、国税局の考えているような利益率を達成するのもむつかしい。政府米の割り当て量では足りないから、仕入価格の高い自由米(ヤミ米のこと)を購入することになる。しかし小売価格は政府米と同じにしないと売れない。だから利益率は政府米より低く五%までしかない。

しかも被告法人は自由米も含めて店頭での購入者には一〇㎏あたり六〇〇円値引して売っていたというのであるから、利益率は低くて当り前である。

ちなみに原判決は、被告法人が、米穀販売の他プロパンガス販売、麻雀店の営業もしており、米穀店の同業他社の標準利益率により算出することは相当でない、と判示するので、反論しておく。

岩谷産業(株)(マルヰプロパンを経由)から仕入れたプロパンガスは、荒利益率が二〇%まで、ゼネラル石油(株)から仕入れた灯油は、荒利益率一〇%まで、北大阪米穀(株)から仕入れたプラッシー、調味料は荒利益率一〇%まで、近畿コカコーラボトリングから仕入れたコカコーラは荒利益率一〇%まで、浪速北ナショナル厨房冷暖機器(株)から仕入れたガス器具は荒利益率五%まで、(株)田峰商店から仕入れたインスタントラーメンは荒利益率一〇%まで、(株)影山から仕入れた練炭は、荒利益率一〇%まで、(株)小綱から仕入れたしょう油、キリンレモンは荒利益率一〇%まで、である。

それぞれの売上高はとくに記録していないが、米穀を含む総売上高の中に占める割合は、僅かである。(前掲証拠目録56の被告人の調書)

したがって、米穀店の同業他社の平均利益率一四、五%を上回ることはあり得ない。

4 得られるはずのない利益を被告法人が得ていたと認定することの不合理は明らかである。検察官が別表一の〈1〉乃至〈2〉の積算値が被告法人の売上金額となるという誤った主張をするから、原判決までこのような不合理な結論を出して平然としているのである。

課税行政裁判においてさへ、「当該推計方法により実額に近似した金額を算出できる他の合理的な推計方法を選択し得ると疑うに足りる相当な理由のないことの立証があれば、その合理性を肯定し得る。したがって、他にも推計方法が存在し、その方法によれば所得額がより低くなるが、この方法と被告の主張する推計方法を比較していずれがより合理的であるかが不明な場合であれば、被告の推計方法は合理性を欠くことになる」という説があるのであって(行政裁判資料五四号二八八頁、広瀬正「判例からみた税法上の諸問題一九五頁、佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」新実務民訴一〇巻六八頁)、刑事裁判においては検察官の主張する推計方法による所得額よりも、他の推計方法による所得額が低くなるようであれば、そのこと自体で検察官の主張する推計方法は合理性を欠く、と言わなければならない。

それ故に、本件で原判決が採用した財産増減法は比率法による所得額と比較して明白に合理性を欠き、違法と言うほかない、と弁護人は主張したのである。

四 原判決が被告法人の所得額と認定したものの中には次に掲げる個人資産が混入している。

〈1〉 杉林個人が法人成りした時点で手持ちしていた個人の現金約三〇〇〇万円

〈2〉 別表二の無記名定期預金

〈3〉 別表三の松栄ヴィラ家賃収入

〈4〉 法人成りする前に顧客に貸付けていた別表四の工事費、損料の回収金

これらの個人資産が混入していることを被告人において立証することは実際には極めて困難である。明確な裏付け資料のない限り、法人所得とみなされるというのであれば、被告人に無罪の立証責任が課せられる、に等しい。これでは刑訴法の基本理念に反する。財産増減法が逋脱税額認定について許されるためには、財産増減がすべて法人の営業活動のみによって生じたものであるという前提がなければならない。

弁護人が個人資産の混入の可能性を一応の資料によって説明し得る場合には、検察官は右混入があり得ないことを合理的な疑を容れる余地のない程度に立証しなければならない。

1 原判決は一階店舗の机から一三一万円盗まれたことを、杉林が手持現金三〇〇〇万円を所持しなかったことの理由の一つに掲げているが、三〇〇〇万円の現金を所持していた場所は四階の居室であり、理由にならない。

2 昭和五一年、法人成りした時点で被告人杉林が手持ちしていた現金は三〇〇〇万円である。

法人の資本金三〇〇〇万円は杉林が支出した。ほかに現金一二〇万円を法人が個人から引継いだことになっている。ビル建築に際して資本金三〇〇〇万円を被告法人が使っている。しかしそれ迄二五年間にわたって貯蓄した個人資産はもとより右三〇〇〇万円程度ではない。

多すぎる資本金出資を避けて、法人として足りない建築資金を銀行より借入をおこすのは対税上常識と言ってよい。

四階建ビルまで建ようというのに、個人の金が資本金の三〇〇〇万円では先行不安が大きいことは目にみえている。法人成りの前から杉林は坂本三郎に三〇回以上、一回につき一〇〇万円から三〇〇万円まで総額にして少くとも六〇〇〇万円の金を貸している。また三好誠に計七回くらい、一回につき七〇万円から二四〇万円まで総額にして少くとも一〇〇〇万円、また上野ひろしに計一〇回以上一回につき八〇万円から三八〇万円まで総額にして一〇〇〇万円以上は貸している。

これだけの貸付を即決で行うためには、常時手もとに二〇〇〇万乃至三〇〇〇万円なければできるものではない。

法人成りしたあとも数回にわたって坂本三郎に外車を担保に、一回につき一二〇万円乃至五〇〇万円、総額にして少くとも三〇〇〇万円は貸付けている。

坂本への右貸付は杉林の家計簿にも一部記載があり、当公判廷でのつくり事でないことは、はっきりしている。

豊和自動車の自動車台帳(五九年押五二五号符号一)にも買戻し特約付で杉林に売った外車のリストが一部残っている。だから、検察官の主張する法人から坂本への五四年六月期の五〇〇万円にとどまらないことは証拠上明白である。杉林個人が貸付け、個人が回収した。その回収金が法人売上げの中に混入しているのである。

原判決は借入時期、金額、返済期の立証責任を被告人、弁護人に課したが、不当である。

3 別表二の無記名定期預金は、〈1〉の手持ち現金三〇〇〇万円、後述松栄ヴィラ家賃収入が姿を変えたものということができる。ここでは無記名定期預金が仮名普通預金を解約して振替えられたもの、という原判決の認定に疑問を呈する。

イ 原判決は「無記名定期預金は売上金を入金していた仮名普通預金及び売上金によって設定されているので、被告法人の事業開始後設定されたものはすべて法人のものである」ことを前提にして各期末における無記名定期預金の増加額を捕捉している(証24号八七七頁1)

これに基き原判決の認定した法人帰属の仮空名義の無記名定期預金は別表二左欄のとおりである。(証24号八八二頁乃至八八八頁)

この無記名定期預金の源泉と認定されたものは別表二右欄のとおりである。(証22号七七二頁)

要するに、左欄の無記名定期預金の源泉は、右欄の仮名普通預金から出金したものであるというのである。

しかし、普通預金出金の日と金額が、定期預金契約の日と金額とに一致しないものが相当ある。とくに、差額欄記載の金額が法人所得から出金された旨の記載がどこにもなく、証明を欠いている。

「また、仮名普通預金以外の出金の記載のあるもの(別表番号13、20)については、法人の当座預金(13)又は坂本三郎への貸付返済金(20)から出金されたことを証明する証拠もない。」

また一カ月間に二〇〇万円の定期預金が四口(昭和五一年一一月)三口(昭和五三年七月、五四年九月)もできるほど法人の事業所得はない。被告人の説明によれば一カ月一〇〇〇万円の売上があっても、各種経費、生活費等を支払えばそこから定期預金できるのは一〇〇万円程度にすぎない。定期預金の源泉とされた法人の仮名普通預金(毎月の入金額は平均して三〇〇万円余にすぎない)、差額欄記載の現金が、すべて法人の事業収入と考えるのは大きな誤りである。

被告法人の現金管理の実態は毎日の売上げも、友人に対する杉林個人の貸付けも、松栄ヴィラの家賃収入も、個人帰属の預金を解約した金(証20号四三五頁以下)も全部一緒に店舗の金庫に保管しており、仕入、生活費に必要な分だけその中から取り出すという典型的な個人、法人財産の混同がみられる。

この金庫の中から、前記差額分を支出して無記名定期預金の額としてとしか考えられない。

従って被告人杉林が「大阪/千里山の無記名定期預金はすべて国税局に差押えられていますが、無記名定期預金で会社設立後に入金したものは会社の売上や裏の普通預金から出して預けたものです」と供述した(証52号問四)のは客観的事実に合わないのである。

ちなみに「松栄ヴィラの家賃収入は昭和五三年九月ごろから大阪/千里山の私名義の普通預金に毎月振込入金してもらっています」(前同問六)とも供述しているが、家賃収入のすべてが同人の普通預金に振込入金されるのではなく、現金で受領することもあり、その場合には売上げと同じ金庫に収納された。

また松栄ヴィラは大学生用女子寮で、二五室あり二五人が借主である。一室あたりの保証金は一〇万円、従って二五〇万円の保証金が現金で杉林に手渡される。年間七室平均の解約と新規入室があり、解約返戻金は二割控除したあとの五〇万円余であるが、(証39号一八六五頁)、入金は約七〇万円あり、これが法人の金庫に収納された。

検察官の主張によっても賃貸料等現金収入は昭和五四年六月期で一二〇万円余、五五年六月期で一〇二万円余、五六年六月期で一四七万円余ある。(前同一八六五頁)

杉林名義の普通預金(口座番号四六七一〇五)から法人の預金へ振替えられたものが法人の個人に対する借入金であるとしても、元来、右普通預金口座に入金される家賃はすべて銀行送金されたものであり、現金で受領したものは入金されていない。

現金で受取る家賃、保証金は一切右普通預金に入金されず、法人の売上げと混同してしまうから、ここに無記名定期預金の源泉があるとすれば、法人への帰属に疑問が生じる。

次に、個人帰属の預金は当座預金(家族名義)、普通預金(大阪弘、家族、杉林厳、杉林白合子の各名義)、定期預金(無記名、家族、(有)大阪屋各名義)、積立定期預金(家族名義)があり、日常各預金口座から非常に多くの出金がなされている。これが法人の金庫に収納されたこともある。

検察官は無記名の仮名定期預金の帰属について、別表二のように法人の普通預金(大前、野沢、山本、岡山、新井、(有)杉林米穀店各名義)からの出金日、出金額と接近した入金日、入金額を仮名定期預金から拾い出し、近似する預金を法人に帰属するものと主張している。

しかし、出金日と預入日の異なる金員が預け替えにすぎないと認定するのは飛躍がすぎないだろうか。

別表二のうち、日付の異なるものは番号5、9、11、12、15、16、18、19、20、21、23、30であり、中には9のように三日間離れているものがある。

前述のように法人の金庫は日々の売上げも収納され、友人への貸金、個人預金の解約金も収納されている。

普通預金の解約金は仕入れ(やみ米なら一回につき二五六五万円までの代金の支払実績があり、支払回数は年間一〇回位まである。証47号一九五九乃至一九六一頁)、経費の支払に充てられ個人に帰属する預金が仮名定期預金に振替えられたと考える余地は十分にある。

ロ 逆に、例えば杉林裕次個人の定期預金(口座番号三六三四四五六 昭和五五・一・二三解約金六九〇、二一三円―証20号五一一頁)を法人の金庫に収納し、大阪米商(株)への支払に充てた(昭和五五年二月一二日支払、代金一、一六一、〇〇〇円―証47号一九五九頁)と考えることもできる。

ハ 弁護人がここで主張したいのは、個人預金が結局法人預金に振替えられたものがあると考えられること、また法人の仕入れ等に充てられたと考えることができることである。

4 松栄ヴィラ家賃収入は原判決認定のもののほかに別表三記載の金員が存在していた。成程、物証はない。賃借人の住所、氏名は今となっては記憶にも残っていない。しかし賃料は一、二階の他の部屋をみればおよその見当はつくし、空部屋とされた期間が人が現実に貸借していたと考えれば、杉林個人の家賃収入はすぐ積算できる。その合計は一、七七九、〇〇〇円である。

問題は、右期間、賃借人がいたか否かである。すべてが銀行振込でないことは3で述べたとおりであり、貸台帳、松栄ヴィラ台帳に載っているものがすべてではないから、ここは被告人の供述を信用するほかない。

なお原判決は貸台帳一綴、松栄ヴィラ一綴等に記載されている名前、金額、室番号が正確であり、他に入居者はいなかった、というが、もともと被告人は松栄ヴィラの家賃収入も法人の収入も混同して所得額を過少申告する意図を有していたのであるから、右貸台帳、松栄ヴィラに記載漏れがあるのは当然であって、記載漏れがあること自体が過少申告の事実を証明しているのである。

大蔵事務官作成の「松栄ヴィラ現金入金額」は正確でない。

5 工事費、損料の法人売上への混入。

被告人は五一年当時プロパンガスを約七〇〇の顧客に供給していた。既にプロパンガス配管工事を実施し、ボンベ、メーターをとりつけていた。

このうち五一年から五三年の三年間で、約一五〇件の客がプロパンをやめた。ところで、プロパンの一件あたりの工事費は三五、〇〇〇円から五〇、〇〇〇円であった。ガス使用中は配管の殆んどと、ボンベ、メーターは無償貸与であるが、都市ガスに切替えるときは、損料として一件あたり二五、〇〇〇円から五〇、〇〇〇円(平均三〇、〇〇〇円)を現金で徴収することになる。

五四年乃至五六年の間も同様に一四八件、プロパンを都市ガスに切替え、同様の損料を徴収した。

また、五一年から五六年の間に、三〇〇件金額にして九〇〇万円を現金で回収し法人の売上に入れてしまっている。五四年から五六年までの右に該当する顧客の住所、姓、懲収の年は別表四のとおりであり、その回収金額は四四四万円を下らない。

なお原判決は、五一年七月三〇日被告法人設立時に杉林がプロパンガス販売を止めたために、ガス管、ガスボンベ、メーターが被告法人の営業資産に帰属することになった、と判示し、何の根拠もなく動産所有権が移転したと認めたのであるが、このようなひどい事実認定はない。贈与なり売買なり現物出資なり然るべき根拠を示してこそ判決と言えるのであって、被告の主張を退けるために証拠もなく所有権移転を創造するなど、論外である。

五 貸付金として計上することの誤り

1 原判決では被告法人の代表者個人に対する貸付金は、

五四年六月末期 二七、五七〇、九一〇円

五五年六月末期 三八、八三六、三八六円

五六年六月末期 六九、四七七、七五四円

とされている(原審冒陳〈12〉2)

この金額が異常に高いことに容易に気付く。

これがすべて被告代表者個人の生活費として費消したものとされているが、常識的にも実際にも極めて不合理な生活費である。

代表者個人が生活費として使ったとされているポルシェ、ベンツの購入時期、代金はそれぞれ五三年六月、九六〇万円、五六年二月、五、三三一、三〇〇円であるが、これらの外車が何に使われたかというと、法人接客用の送迎、商品の配送(外車による配送を喜ぶ顧客は意外に多い)が殆んどで、被告人とその家族が遊興やドライブに使ったことはないと言ってよい。

祝祭日はこれを個人の目的に使うわけでもなく(二人子供が運転免許を取ったのは五二年一一月、五四年四月(単車)、五六年三月、五六年五月(単車)、五六年八月(単車))、外車を保有することは被告法人が盛大に事業をしているというデモンストレーションにもなり、結構米穀店の営業に役立ったのである。

保有名義はポルシェ911SCSが代表者個人であり、その余の外車はすべて前所有者の名義のままになっていた。これらを一括して代表者個人に帰属するものと見なし、被告法人の代表者に対する貸付金に計上するのは誤りであり、法人所有の車輛運搬具として計上しなければならない。

そうすると冒陳〈12〉2の貸付金に含まれるポルシェの保険料、税金、ベンツ280の購入代金等は被告法人の保有する車輛の管理費、経費として計上すべきものであるから、代表者に対する貸付金として計上するのは誤りである。

次に自動車教習所の授業料も貸付金として計上されているが、右同様に米穀店営業用の運転免許資格取得のための経費であるから、代表者個人への貸付金とされるべきでない。

次にカメラ店へのカメラ、バックの支払代金も貸付金とされているが、精米機購入の際、形状・故障個所を撮影するためのものであって、個人が使用する目的で購入されたものではない(個人は既に古くから三、四台のカメラを所持していた)から、代表者への貸付金とはならない。

これらの車輛、動産類については後述するように法定の減価償却費が認められなければならない。

次に顧客に対する各種の接待費が殆んど代表者への貸付金とされている。贈答品、飲食店、ゴルフ練習場の支払代金、顧客のヨット進水のお祝いなどは貸付金ではなく被告法人の営業経費とされるべきである。

なお原判決は、「大丸エクセルカード五三年七月二三日サケウリバ六五八五〇円購入」の記載を百合子が家族のため買物をしたのであり、歳暮用品と認められない、という。杉林の家族は誰も酒を飲まない。家族が飲む酒を購入した等論外である。

また、米穀店のアルバイト学生の食事代、学生費も代表者への貸付金とされているが、これも不合理である。

被告法人には関大のバイト学生が平均して毎日延べ五名働いていた。米穀店に二名、マージャン店に三名(但し、午前九時半から午後一〇時までの間に三交替)である。右二名、三名は毎日同じ人物ではなく、一週間単位でみると米穀店に最低四名必要であった。これとマージャン店の一週間単位の八名を加えると計一二名となり、年間数各が交替し、毎年卒業等で顔ぶれが変わるから、五三年六月から五六年六月までの間だと、五〇名以上のバイトを雇ったことになる。これらのバイトを確保するのに厚生費や食事代が不要な道理はない。スキー用具を買い与え、卒業時にはネクタイ、洋服を買い与え、その他のお祝いをして労働力を確保したのである。

従って、代表者への貸付金とされるべきではない。

なお原判決は、杉林が妻子の名で購入させた身の回り品を、すべて杉林ら家族の買物とみなし、原告法人の業務との関連性を否定しているが、誤りである。被告法人名義の顧客カードはもともと存在しない。

杉林が法人用贈答品の買物を、家族名義の顧客カードを用いて百貨店などで使用した。妻子と共に百貨店に出向いた旨家計簿に記載されているからと言って、被告法人の業務に関連する買物であることを否定できない。

月額二三〇万円乃至五七九万円もの家族のための買物があった、等という馬鹿げた事実認定は、やめていただきたい。

右金額に見合う購入した筈の財産は、被告人宅を探しても、どこにも存在しない、

次に秀一、裕次の商品配達用の作業服、靴、単車、免許試験料、ガソリン代等も貸付金とされているが、これも誤りである。秀一は夜間大学生、裕次は高校生で、毎日通学しない時間帯に店の営業の手伝をさせていた。原判決の認定は遍ばにすぎる。

次にマージャン店のカーテンの洗濯代、雑誌など本代も代表者への貸付金とされているが、誤りである。月に五〇〇〇円以上の雑誌は店舗用として購入していた。

福利厚生費についても原判決が、被告人家族のためにのみ大量の衣類、スポーツ用品を購入したという一見して明らかな事実誤認がある。沢山のアルバイト学生を雇って、何も福利厚生せず、彼等を尻目に家族が遊興三味ふけるなどある筈がない。

2 貸付金として認められないもの。

被告法人の杉林に対する貸付金とされているものの中で原審意見書二、三、四に添付の別表赤線上の費目、金額は被告法人の営業経費として、費償されたものである。確定申告の有無に関係なく、本件では法人経費として認められなければならない。財産増減法では被告法人の資産、負債が実質どれだけ増額したかを判断するのが目的だからである。

3 総理府発行「日本統計年鑑」五八年版五三〇頁は世帯を年間収入によって五ランクに分け、最上位ランクにつき、次のように一カ月あたりの収入と支出の関係を記載している。

年収五八六万円以上の世帯人員三、九九人 有業人員一、八五人。

その収入総額九一一、一五七円 支出総額も同じ。

右収入内訳は実収入が五七三、六四〇円、その他の収入が二二四、二三七円繰入金が一一三、二八〇円。

右支出内訳は、実支出が四五三、六五一円、その他の支出(例えば貯金)が三三九、七二五円、繰越金が一一七、七八一円である。

この統計値と比較してみても杉林の家族の支出が月額二三〇万円乃至五七九万円にものぼる、という原判決の認定は非常識極まる。

六 固定資産の減について。

1 車輛運搬具の増減額の誤り

原判決では各期の車輛運搬具の減価償却費は

五四年六月末 一、七一九、九五四円

五五年六月末 五、一一一、六一四円

五六年六月末 一、二五五、八九五円

とされているが、この中にはポルシェ911SCS(代金九三〇万円)、ベンツ280(代金五三〇万円)など被告法人の営業に使用した外車の償却費が含まれていない。

法人の保有車輛は普通トラック、軽トラック、ダイハツ、クラウン、セドリック、単車、BMWに限定されているが、そのように解すべきでない。

公表決算書で会社の車輛として計上していないことが代表者個人の購入であるとされた根拠となっているようであるが、保有名義が法人か個人かは当時の被告人にとっては資産の帰属を決定するだけの意味を持っていない。

実際に法人営業に使用し法人が事実上管理する車輛であることがはっきりしておれば、法人の車輛として法定償却しなければならない。

償却期間は新車ならば六年、中古車なら未償却期間に応じた償却率を前年度の未償却残高に乗じて、毎年償却されなければならない。

2 建物の増減額の誤り

原判決では、被告法人の本店建物の五三年取得価額と五五年六月期の残高がいずれも四五〇万円となっているが、これも法定償却しなければならない。

七 おわりに

当り前のことであるが、逋脱税額、法人所得額の立証責任は検察官が負っている。無学な被告人を国税局査察官が好きなように誘導して供述させた被告人の調書(目録52乃至58)をそのまま、鵜呑みにするわけにいかない。

被告法人が個人から引継いだ現金が一二〇万円であるとか、個人の手持ち現金は法人に出資した三〇〇〇万円だけであるとか、会社の日々の売上金が平均して五〇万円であると供述したところで、結局、客観的裏付資料のない供述であることに変わりはない。査察官、検察官も基本となる数値は、被告人の記憶のみにたよっているのであり供述の時期が早いからというだけの理由で、無防備のまま供述した右調書の内容が正しいとは、とても言えない、にも拘らず、原判決は査察官の調査報告書と、被告人の自供調書のみで事実を認定し、公判廷における証言や、経験則をすべて無視した。このような原判決は破棄されなければならない。

表一

売上高(円)

〈省略〉

仕入高(円)

〈省略〉

別表二

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表三

〈省略〉

別表四

〈省略〉

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